ずっと昔、まだ幼かった頃、私は近所の小児科の待ち合い室にいた。診察を待っている間も辛くて苦しくて、今にも泣きそうだった。そんな私の様子を見て来てくれた、太ったおばさんの看護婦さん。看護婦さんは泣きそうな私に「大丈夫だよ、ここに来たらすぐに良くなるからね」と言って背中をさすってくれた。ぽってり柔らかい白い腕。顔すら覚えていないその看護婦さんの腕を今でも時々思い出す。凍えそうな夜ベッドの中で湯たんぽに足が触れた時、大雨の中を帰ってきて暖かいホットミルクを飲んだ時。ふとした時にその白い大きな腕が頭の中に浮かぶのだ。
この大きな氷の平原を目の前にした時、ふとそのイメージがまた頭の中に蘇ってきた。時々轟音を立てて氷が崩れていく。氷河の中を歩こうものなら、そこらはクレバスだらけ。一歩でも足を踏み外せば奈落の底である。天候の変化も激しく、晴れていたかと思えば突然冷たい吹雪が吹き付ける。そんな自然の厳しさを突きつけてくるような氷の平原を前にして、私は包み込まれたような安らかな気持ちでいた。なぜそう感じたのかは自分でも説明がつかない。けれど、それはまさにあの看護婦さんに背中をさすってもらった、あの時の感覚と同じものだった。
アクセス&ポイント
バスでブエノスアイレス→リオ・ガジェゴス(経由地)→ナタレス(パイネ国立公園)→エル・カラファテ(ペリト・モレノ氷河) の順に計画を立てると無駄なくパタゴニアをまわる事が出来る。カラファテには空港もあり、ブエノスアイレスから空路で入りバスで南下して行く方法もある。